鳥山明資産総額いくら?愛知の自宅は空港に直結してるって本当?

鳥山明資産総額いくら?愛知の自宅は空港に直結してるって本当?

今月1日、享年68歳で急性硬膜下血腫のためお亡くなりになった鳥山明さん。

まず本記事を書く前に、ドクタースランプやドラゴンボールなどを世に出し、偉大な功績を残された鳥山明先生のご冥福を心からお祈りします。

鳥山明さんといえば、その資産総額と愛知県にある自宅が空港に直結しているという話題がしばしば取り沙汰されています。

鳥山明さんの資産総額は一体いくらなのでしょうか?

また、愛知に位置する彼の自宅から空港へ直接行けるというのは本当なのでしょうか?

この記事では、鳥山明さんの資産総額と愛知の自宅、そして空港との関連について掘り下げていきます。

 

鳥山明資産総額いくら?

鳥山明さんと言えば、『ドラゴンボール』や『Dr.スランプ』など、数々の不朽の名作を生み出したことで知られています。

また、これらの作品は世界中で愛され続け、漫画家としての彼の地位を不動のものにしました。

しかし、彼の創造力が生んだ影響は、文化的な側面だけに留まらず、その資産総額にも大きく寄与しています。

では、鳥山明さんの資産総額は一体いくらなのでしょうか?

彼の作品がどのようにして彼の資産形成に影響を与えたのか、そして漫画家としての印税収入の仕組みを探りながら、その謎に迫ります。

 

鳥山明の総資産と遺産

鳥山明さんの総資産は、膨大な印税収入と著作権料から成り立っており、推定で100億円以上にも上ると言われています。

彼の遺した遺産は、『ドラゴンボール』や『Dr.スランプ』などの作品が世界中で愛され続けることにより、今もなお増え続けているのです。

これらの作品から生まれる収益は、鳥山明さんの才能がいかに世界的に価値を認められているかを物語っています。

鳥山明さんの創り出した世界は、彼がこの世を去った後も多くの人々に夢と感動を与え続けています。

 

鳥山明の作品による影響力とは?

鳥山明さんの作品、特に『ドラゴンボール』や『Dr.スランプ』は、世界中の文化に計り知れない影響を与えました。

これらの作品は国境を越え、多くの言語に翻訳され、世代を超えて愛され続けています。

その結果、彼の作品からの印税収入は莫大なものとなり、鳥山明さんの資産総額を大きく押し上げる一因となりました。

彼の創造したキャラクターや物語は、漫画やアニメーションだけでなく、映画、ゲーム、さらには様々なメディアへと展開され、そのすべてが資産形成に貢献しています。

 

印税収入の仕組み

鳥山明さんのような漫画家の印税収入は、作品が売れるたびに一定の割合で収入が得られる仕組みです。

印税の率は、作家の経歴や出版社によって変わることがあり、一般的には本の価格の8%から12%の範囲です。

例えば、1冊が500円の漫画の単行本が1万部売れた場合、500円に10%の印税率を適用し1万部を掛けることで、得られる印税は50万円となります。

特に、『ドラゴンボール』や『Dr.スランプ』のような世界的ヒット作は、印税率が高く設定されていることが一般的で、これらの作品からの収益は想像を超えるものとなります。

鳥山明さんの場合、彼の作品は世界中で繰り返し版を重ね、アニメ化、映画化、さらにはゲーム化されるなど、多角的に収益を生み出しています。

これら全てが彼の資産総額を押し上げる要因となり、漫画家としての成功を物語っています。

彼の作品が生み出す文化的または経済的価値は、彼の才能と努力の賜物であり、その印税収入の仕組上、彼の資産形成に大きく寄与しています。

 

ドラゴンボールとDr.スランプからの収益

『ドラゴンボール』と『Dr.スランプ』は、鳥山明さんの創造した世界が世界各国に広がり大ムーブメントを起こしました。

『ドラゴンボール』の全世界の累計発行部数は2億6000万部を超え、仮に1冊あたりの印税が500円の本価格に対して10%と仮定すると、単純計算で約130億円の印税収入を生み出していることになります。

一方、『Dr.スランプ』も累計発行部数が3500万部を記録し、同じ計算で約17.5億円の印税収入を鳥山明さんにもたらしたと推測できます。

これらの作品は、アニメ化や映画化、ゲーム化されることでさらに収益を拡大し、鳥山明さんの資産総額に大きく貢献しました。

これらの数字から、鳥山明さんの作品がいかに世界中で愛され、経済的な成功を収めているかが明らかになります。

人々から愛され、その結果莫大な富を生む。

最強の稼ぎ方ですね ^ ^

 

鳥山作品の世界的な人気とその背景とは?

『ドラゴンボール』と『Dr.スランプ』が世界的な人気を博した背景には、鳥山明さんの独創的なストーリーテリングとキャラクターデザインがあります。

『ドラゴンボール』では、成長と冒険の物語が多くの人々の心を捉え、友情、努力、勝利といった普遍的なテーマが世代を超えて共感を呼びました。

一方、『Dr.スランプ』は、ユーモアと奇想天外な発明が満載の世界が、子どもから大人まで幅広い層に愛される要因となりました。

また、これらの作品が幅広い読者に受け入れられたのは、鳥山明さんが描くキャラクターたちが持つ普遍的な魅力と、誰もが共感できるストーリーの力に他なりません。

 

マンガやアニメを超えた文化現象

さらに、彼の作品はアニメ、映画、ゲームといった様々なメディアを通じて世界中に広がり、その人気をさらに固めることに成功しました。

こうした複合的な要因が組み合わさることで、『ドラゴンボール』と『Dr.スランプ』はただの漫画を超え、世界的な文化現象へと成長したのです。

 

ドラゴンクエストの成功とゲーム関連の収入は?

鳥山明さんのゲーム関連の収入は、特に『ドラゴンクエスト』シリーズのキャラクターデザインによって大きく貢献されました。

このシリーズは世界的に成功し、鳥山明さんの資産総額に顕著な影響を与えたと考えられます。

彼の独特なキャラクターデザインは、ゲームの魅力を高め、シリーズの売上を押し上げるほど重要な要素となりました。

『ドラゴンクエスト』のキャラクターデザインによる収入は数億円と推定されていますが、具体的な金額は不明です。

しかし、これにより、彼のキャラクター作品は漫画やアニメだけでなく、ゲーム業界においても経済的成功を収めることができたのです。

 

鳥山明の愛知の自宅は空港に直結してるって本当?

鳥山明さんにまつわる都市伝説の中でも特に有名なのが、愛知県にある彼の自宅が空港に直結しているという話です。

この話は長年にわたりファンの間で囁かれてきましたが、真相はどうなのでしょうか?

愛知県出身の鳥山明さんが、どのようにしてこの地と深い関係を築いてきたのか、そして「鳥山ロード」と呼ばれる都市伝説の起源と真実に迫ります。

 

自宅は清須市?

鳥山明さんの自宅は愛知県清須市にありますが、こちらはただの家ではないんです。

鳥山さんやアシスタントの皆さんの作業スペースである「BIRD STUDIO」と一緒になっています。

豪邸というよりは、創作のアイデアが飛び交うクリエイティブな空間なのです。

スタジオが隣接しているってことは、仕事とプライベートがほどよく混ざり合って、彼の作品にもそのバランスが反映されているのかもしれませんね。

清州(当時)は、織田信長や豊臣秀吉を輩出した土地でもあるので、鳥山明先生が書く、愛知三英傑(織田信長・豊臣秀吉・徳川家康)のマンガも見てみたかったですね ^ ^

清須市のこの家は、世界的な漫画家である鳥山明さんが、どれだけ地元に根ざしているかを教えてくれます。

 

都市伝説「鳥山ロード」の真相

鳥山明さんを取り巻く都市伝説は、彼の人気と神秘性から生まれました。

特に「鳥山ロード」の話は多くのファンの間で語り継がれていますが、結論から言うとその話はガセ・・・つまりただの都市伝説でした。

では、なぜそのような噂話が広まったのかについて掘り下げてみましょう。

 

都市伝説はこうして生まれ広がった

鳥山明さんに関する都市伝説、特に「鳥山ロード」の話は、彼が公の場にほとんど姿を見せないがゆえに生まれました。

愛知県に「BIRD STUDIO」を構え、原稿を東京まで航空便で送る彼の日常は、とてもハードなものでした。

締め切りに追われる中、空港までの移動が困難だったため、東京への移住を考えていたが、高額納税者である鳥山さんを引き留めるために、地元自治体が彼のために直接空港へ繋がる道路を作ったという話が広まりました。

しかし、この話は鳥山さんと親交が深い桂正和氏によって否定されました。

2022年11月、YouTubeの番組「初耳会談」に桂正和氏がゲスト出演した際、長年語り継がれてきた「鳥山ロード」に関する質問が投げかけられました。

桂氏は、

「そんな話、噓に決まってるじゃないですか(笑) 」

と、笑いながらその都市伝説を即座に打ち消しました。

実情としては、鳥山明さんが自ら車を運転し、徹夜作業の疲れを抱えながらも、必死に空港まで原稿を運んでいたとのことです。

鳥山さんが高額納税者であるがゆえに生まれた都市伝説です。

そもそも、清須からセントレアまで直通で道路を敷いたら何千億もかかるでしょう(笑)

 

まとめ

鳥山明さんの資産総額を押し上げた「ドラゴンボール」や「Dr.スランプ」などの作品は、鳥山明さんの自宅とスタジオがある愛知県で生まれました。

マンガのほかにもゲームのデザインを描き大ヒット商品に押し上げたりと、彼の功績は計り知れません。

また、自宅から空港へ直結している「鳥山ロード」の話は、実際には親交の深い桂正和氏によってあっさり否定された都市伝説でしたが、このエピソードは鳥山明さんがそれだけベールに包まれていたという証です。

鳥山明さんの資産総額、愛知県との深い結びつき、自宅の存在、そして空港までの道のりにまつわる話は、彼の作品がいかに多くの人々に影響を与え続けているかを物語っています。

最後に『愛知”四英傑”』鳥山明先生のご冥福を心よりお祈りします。

1件のコメント

ドラクエのキャラクターデザインが鳥山さんだったとは!知りませんでした。
漫画に詳しくない私でも鳥山ロードの伝説は聞いたことがありました^_^
たくさんの名作もこれからずっと語り継がれていきますね⭐︎

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